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この世界の(さらにいくつもの)片隅に映画続編のネタバレあらすじは?声優や傘の意味も考察!

この世界の(さらにいくつもの)片隅にの作品情報

監督 片渕須直
脚本 片渕須直
出演者 のん
細谷佳正
尾身美詞
稲葉菜月
音楽 コトリンゴ
主題歌「みぎてのうた」
公開日 2019年12月20日
上映時間 168分

この世界の(さらにいくつもの)片隅にの主演キャスト

のん


細谷佳正


尾身美詞


稲葉菜月

作品名映画の見どころや予告動画

作品名映画のネタバレやあらすじ

広島県呉に嫁いだすずは、夫・周作とその家族に囲まれて、新たな生活を始める。昭和19年、日本が戦争のただ中にあった頃だ。戦況が悪化し、生活は困難を極めるが、すずは工夫を重ね日々の暮らしを紡いでいく。
ある日、迷い込んだ遊郭でリンと出会う。境遇は異なるが呉で初めて出会った同世代の女性に心通わせていくすず。しかしその中で、夫・周作とリンとのつながりに気づいてしまう。だがすずは、それをそっと胸にしまい込む……。
昭和20年3月、軍港のあった呉は大規模な空襲に見舞われる。その日から空襲はたび重なり、すずも大切なものを失ってしまう。 そして、昭和20年の夏がやってくる――。

 

ネタバレ①少女すず、18歳になり、呉の街に嫁いでいく。

主人公のすずは素直で純粋。おっちょこちょいなところもあるが、根っから明るい女の子だった。小さい頃から叔母の家で座敷わらしと交流したり、街に出た時に人さらいおばけに出くわしたり、日常的に非現実的な出来事を感じる繊細さ(今でいう所の不思議ちゃん)も持っていた。

すずの特技は、絵を描くこと。中学の時、クラスのガキ大将で幼馴染だった水原哲の代わりに描いた海の風景が、(水原哲の名前で)絵画コンクールで受賞したこともあったのだ。

1944年(昭和19年)2月、18歳のすずは広島から軍港のある呉の北條家に嫁ぐ。呉では友達もおらず、嫁としても右も左も分からない中、祝言を挙げ、北條家へ嫁いできた。小姑である周作の姉の径子は、すずにきつく当たってくる。心労で頭にハゲができたりもするが、夫、周作の優しさにも励まされ、すずは持ち前の明るさで、徐々に北條家や土地にとけこんでいく。

 

ネタバレ②遊女白木リンとの出会い。

夫の死に離縁して実家に帰ってきた径子の連れ子の晴美は父親から教わっていたため軍艦に詳しい子だ。少し大人しいが、やさしいすずによくなつき、一緒に遊んだり、絵を描いたり楽しい毎日を送っていた。

ある日、晴美が貴重品である砂糖の入った壺を水の中に落としてしまった。呉のヤミ市へ買いにでかけたすずは、その帰り道に迷ってしまう。そこで遊郭の「白木リン」とはじめて出会う。

リンは子供の頃は遊郭の下働きをし、大人になると遊女として働かされていた。そのリンと出会い、ひとめぼれをした周作は、通い詰めるうちに、彼女を身請けしたいとまで考える。しかし親戚からは猛反対をうけ、体の弱い母に心配をかけるのもためらわれたため、すずと結婚することになったのだ。

すずは何度かリンと会ううち、すっかりうちとけ、話をするうち、彼女が帳簿をちぎって書いてもらった「名前と住所」をずっと大切に持っていることを知る。

「ええお客さんがかいてくれんさった」とずっとずっと大切にしているようだ。(後にわかるが、これは周作がリンに書いてやったものだ。)

ある日、周作の部屋で最終ページの一部が切り取られたノートを発見したすずは、周作がリンに例の「名前と住所」を書いてやったのだろうと感づいてしまう。周作とリンの過去のいきさつが頭をぐるぐる回り、周作ともギクシャしてしまう。それでも、子供ができなくてつらい思いを打ち明けると

「この世界に居場所はそうそう無うなりゃせん」と言って心を軽くしてくれたリン。

はじめてできた同世代の友達のリン。複雑な心境にならざるを得ないすず。

そんなすずの元に、かつて互いに憎からず想う相手だった幼馴染、水原哲が訪れる。すずは自分の心が既に周作に向いていることを改めて自覚すると共に、余計な気を回して水原と自分を引き合わせようとした周作に対して疑念を深めるのだった。

意を決したすずは遊郭までリンに会いに行くがリンには会えずに、討ち入りと勘違いされて追い返されそうに。そんなすずに優しく対応してくれた病床の遊女テルを得意の絵で励ます。

後日、すずは桜の花見で再会したリンから、テルはあの直後に亡くなったと聞かされた。

リンはすずに

「死んだら心の底の秘密も、なんも消えてなくなることになる。それはそれで贅沢なことなのかもしれない」という死生観を語る。

テルがリンに「すずに渡してくれ」と頼んだ紅。リンは遊女をやめることもできず、自由もない。

テルも同じだった。

 

ネタバレ③空襲と終戦

昭和20年になると軍事基地のある呉は空襲になんどもやられる。周作も家を3ヶ月間離れることになる。また、工廠でエンジニアとして働く義父の円太郎も空襲で大ケガを負い町の病院に入院しているという。晴美を疎開させるため、切符を購入しに晴美を連れて出かけるすず。駅には長蛇の列だ。かなりの待ち時間があるので、その間に晴美を連れて円太郎の見舞いに出かけたすずだった。しかしその帰りに空襲に遭ってしまう。

近くの防空壕にいれてもらい晴美と難を逃れたが、防空壕を出たところでたまたまそばにあった時限爆弾が爆発し、晴美は死に、すずは絵を描くための大切な右手を失ってしまう。義理の姉の径子からは「人殺し」となじられて、いつもは明るいすずも、自分を責め、可愛がっていた晴美を失ったこともあり、まともに眠れない日々、やがて自暴自棄になっていく。

7月に入り戦況は悪化する。北條家にも焼夷弾が落とされたり、外にいれば至近距離から機銃掃射による空襲を受けたり、常に命の危険にさらされながら、不安定な心のまま日々を送らねばならなかったすず。

そして8月6日の朝。広島で原爆が落ち、ものすごい地響きと爆風、そしてキノコ雲を見て不安になる。

そして、終戦。一家そろって玉音放送をラジオで聞いた北條家。すずは自宅裏の畑で泣き崩れた。

終戦後、進駐軍が占領を開始すると、軍で働いていた円太郎と周作は自宅へと帰ってきた。

すずの実家の浦野家では、原爆が落ちた日、母は即死、父は10月に病死。

生きていたのは放射能の後遺症で病床で苦しむ妹のすみだけだった。

 

年が明け、街のベンチに腰をかけ握り飯を食べながら周作と話をしていると、ヨーコという小さな身寄りのない女の子が寄ってきた。握り飯をヨーコに分け与えるすず。そのまま、ヨーコは二人のあとをついてきた。子供のいない北條家ではヨーコが新しい家族として迎えられようとしていた。

傘の意味はなんだったのか?

傘の意味は周作の家にとついだすずとのやり取りの習わしをさすようです。

傘を持ってきたか?と周作に聞かれ新しいのをということをすずがいうのは

初夜のときに夜の行いをするときの合図のようなものが昔の習わしだったようです。

しかし周作はその習わしをしらずに傘を普通に持ってきてしまうという本当は知らなかったのかなというやりとりが行われました。

この世界の(さらにいくつもの)片隅に映画の口コミやレビュー

この世界の(さらにいくつもの)片隅に映画のまとめ

2016年11月に劇場公開されたアニメーション映画「この世界の片隅に」の拡張版となるもの。

公開版からカットされていた部分。主人公すずと期せずして出会ったと遊女リンとの交流を描いたエピソードを中心に、約30分間の新規映像を加える新バージョン。

「この世界の片隅に」は、昭和19年(1944年)に広島市江波から呉に18歳で嫁いだ主人公すずが、戦時下の困難の中にあっても工夫を凝らして豊かに生きる姿を描くアニメーション映画。

すずが生きていく中で数え切れない人との出会い、別れもあり、その人ひとりひとりにも「片隅」がある。遊女のリン・死んでしまった同じく遊女のテルにだって「片隅の生活」が必ずあったのだ。

すずの夫である周作がかつて足しげく通っていた遊郭「二葉館」、の遊女、結婚まで考えていたという過去の相手、リンのエピソードがそこに切り込んでいる。

このリンと周作の過去の関係は、すずを後々まで悩ませる。それがリンの周作への自分の思いを気付かせるきっかけとなった。またこのすずと遊女・リンの周作を巡る関係性が垣間見えるシーンも収録している。周作の部屋で最終ページの一部が切り取られたノートを発見したすずは、ひらがなが読めないリンが「ええお客さんが書いてくれんさった」と自分の名前と住所が書かれたノートの切れ端を見せてくれたことを思い出す。ラストでは「周作さん、うちは何一つリンさんに敵わん気がするよ」というすずの切ない呟きも挿入された。すずにも明るいだけでなく、こんな「嫉妬」と「友情」との間で揺れ動く感情もあるのだと表している。人間の深さを、すずという女性の心のフィルターを通すことで表現しているのだ。

さらには「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」には、2016年版にはいなかった“テル”というキャラクターが登場する。彼女はリンと共に遊郭で働く女性である。

彼女は客となった若い水兵と川に飛び込み、風邪をこじらせてしまうのだが、偶然にすずと出会う。

この新しく登場したテルの存在はリンと同じく、2016年版にもあった前後のシーンの意味を、そして映画全体の印象をもガラリと変えてしまう。決して彼女の出てくるシーンは多くはないのに、だ。

また、テルのエピソードには、すずが「雪に絵を描いてあげる」という、季節が冬でないと成立し得ないシーンがある。ということは、つまりは、春夏秋冬は劇中で必然的に2回訪れている。

四季の移ろいを表現することで、実際にその時代を2年もの歳月、すずと一緒に体験したかのように思わせる効果もあるのだ。

2016年版では皆、登場人物は穏やかで優しく(義理の姉の径子は部分的に例外かもしれないが)見えるのだが、今回の追加されたシーンにより、すずにも負の感情をもたせ、他の登場人物にも「片隅」があっていろいろな思い、心の動きがあったということを加えて「深み」を増した「完全版」となったのではなかろうか。